今日は建設会社でのバイトであった。
建設会社のバイトと言っても、そんな大袈裟なものではなく、有り体いうと荷物の運び屋である。
技術のある大工さんがやりたがらない重い建築材料や建築資材を運ぶ仕事。技術や知識などは必要なく、己の肉体のみを酷使するという、とっても過酷なバイトである。
そんな仕事を、友人の父が経営する会社に、友人と共にえっちらほっちらやるバイトなのである。
友人の運転するトラックに乗って、現場である恵庭に向かっている時の出来事である。
高速道路を走行中、空が晴れ始め、太陽がサンサンと照ってきた。助手席に座る僕に友人が、
「ダッシュボードの中に入っているサングラスを取ってくれたまえ」
と僕に命じた。
僕は、
「へい、親方!」
と元気よく返事をした後、ダッシュボードの中に入っていたサングラスを取り、彼に手渡した。
彼は片手でサングラスの柄を広げ、スチャっとサングラスを掛けた。僕は思わず、
「うーむ」
と唸ってしまった。
別に、彼のサングラスがカッチョよくて唸ったのではなく、彼のボウズが伸びきったイガグリ頭に唸ったわけでもない。
何も抵抗が無くサングラスを掛ける彼に唸ってしまったのである。
なぜ、サングラスごときで唸ってしまったのか。今日はそのことについて書いていこうと思う。
あっ、本題に入る前に、一つ小話を。
今日、現場である恵庭はとっても寒かった。ただでさえ今日は気温が低いのに、それに加えて風が強かった。Tシャツ、ネルシャツ、パーカーの欧米スタイルの暖かい作業着を着ていたのにもかかわらず、動くのを止めるとブルブル震えた。
僕に限らず、ジャパニーズスタイルのボンタンのような作業着をきた作業員の人たちも、
「うー、さび!」
と口々に言っていた。
昼休み明けの作業のことである。重い建材をバケツリレーで手渡しをしていた。
僕の手渡すちょうど前の人は、40代後半頃のメガネをかけた男性である。その人は、まぁ〜頑張りやさん。不器用だけど他の作業員の人より、人一倍動き、そして、人一倍率先して作業をする男性であった。
僕が持っている荷物を受け取るために、機敏にサッ!とこっちへ振り返る。僕の荷物を受け取り、サッ!と前を向く。そして、その男性の前の人にホイと建材を渡す。そしてまた、機敏にサッ!と僕の方へ振り向き、ホイと男性の前の人に渡す。サッ!ホイ!サッ!ホイ!である。
振り返るたび、男性の額に見える輝く汗。美しい。頑張る人が大好きな僕は、振り返る男性の顔を楽しみにしながら、建材を渡していた。
彼は不器用だけど機敏に作業を続ける。
そして、次に僕の方へ振り向いたその瞬間!
鼻水ダラ〜ン。
漫画で書いたかのような鼻水ダラ〜ンである。
それだけならまだしも、彼は鼻水が出ていることに気づき、ジュルと鼻を吸い込む。鼻水がシュルルーンと鼻に格納されたのである!
頑張っているだけに、より滑稽に見えてしまった。
僕は腰砕け。笑っちゃいけないけど、腰砕けである。
その男性は、
「面白かったかい?笑 でへへ」
とだけ笑いながら返してくれた。ぶん殴られなかっただけヨシとしよう。良い人でよかったよ。
長い閑話を休題。
本題は、なぜサングラスを何気なく掛けた友人に唸ってしまったかである。
時はさかのぼり、僕は中学校2年生の時の出来事である。中学生の頃と言えば思春期真っ盛り。カッチョつけたいが、自意識が邪魔する難しいお年頃である。
中学生の当時、溜まり場であった西友を一人ブラついていた。
僕は銀ブラならぬ、西ブラをしていた。ある雑貨屋さんの前を通った時のことである。僕の目にあるサングラスが僕の目に飛び込んできた。
そう、そのサングラスは、僕が当時愛してやまなかった奥田民生氏が雑誌で掛けていたサングラスにそっくりだったのである。
僕は財布の中身と睨めっこした後に、財布君がゴーサインを出してくれたので即購入。
すぐにトイレに駆け込み、鏡の前でサングラスを掛ける。
鏡に自分が面映くもあったが、
『カッチョつけたい>自意識』
という図式が成り立ち、思い切ってサングラスを掛け、西友内を闊歩した。
気分は芸能人。まるで僕は奥田民生氏である。
頭の中ではユニコーンの『Maybe Blue』が流れる。
「たぶん青…。ふっ、違う違う。俺はメイビー民生。たぶん民生だぜ」
なんてなことを思いながら、一人悦に入っていた。
そのときである。僕は後ろから左肩を叩かれた。
「なんだなんだ?さっそくサインか?ふっ」
なんてなことを思いながら、僕は民生風に後ろを振り向いた。
僕の左肩を叩く男の顔を見ると、いつも見慣れた顔である。下校の際にいつも一緒に帰っていた同級生のM君である。
彼は僕に言った。
「おぉ、やっぱりUか。どこの勘違い野郎かと思ったぜ」
「バ、バカヤロゥ…。笑ってくれる人がいると思って掛けていたんだぜ。えへへ、笑った?」
「あたりめぇだよ。これが笑わずにいられるか」
「ね、狙いは、成功だったわけだな。ふふっ」
それが僕の精一杯の抵抗であった…。
心中は恥ずかしすぎて、サングラスをバッキバキに折って、川に流し、海にサングラスを返してやりたい気分であった。
僕の頭の中に流れるユニコーンの曲は、『Maybe Blue』から一転、『I'm a Loser』である。
完全に僕は敗者である。
その日以来、今日という今日までサングラスを掛けることに抵抗がある僕なのである。
同情するならサングラスを掛ける勇気をくれ!