いきなりだが、僕は虫が嫌いである。しかし、昔から、虫が嫌いだったわけではない。
それこそ、少年の頃は無類の虫好きであった。虫が好きで好きで、僕の葬式には棺おけの中に花ではなく、虫を入れて欲しいと親に懇願したぐらいだった。
カブトムシを飼っていた時など、
「うっしっし。カブトムシよ、もっとちこーよれ」
なんてなことをいいながら、寝床にカブトムシの入った虫かごを枕元に置いて寝たものだった。
当時なら、公園に行って巨大なアゲハ蝶を見つけようもんなら、
「わー!チョウチョさん、まてまてー!」
と言いながら、アゲハ蝶を追いかける、メルヘン100%の少年であった。
ところが今はどうだろう。巨大なアゲハ蝶を見つけようもんなら、
「ぎゃー!!く、くるなー!!」
なんてなことを叫ぶホラー100%な大人になってしまった。
自分が虫嫌いを自認するようになっていったのはいつ頃だろうか。あれは、大学3年の頃だっただろうか。
塾に通っている少年がクワガタを持ってきたのだ。
その頃はまだ、自分は虫好きな人間であると思っていた。しばらく虫さんとは縁遠くなったものの、愛してやまないと思っていた。
少年が教室に入ってくるなり、
「クワガタ捕まえたんだよー!」
と叫ぶと、僕はその声に飛びついた。
「えー!みしてみして!」
というなり、彼の持っていたクワガタを手にした。
「うーむ、クワガタよ。お前はこんなんだっけ?」
と思った。クワガタをひっくり返してみると、ウニウニと足を動かしている。
「うーむ、クワガタよ。ずいぶんウニウニと動くのだな。」
と言った。そして、改めてひっくり返して表を見てみると、黒光りしている。
「うーむ、クワガタよ。まるでゴキブリのような光沢だな。」
気持ち悪いのである。なんだかわからんけど、気持ち悪いのである。
昔は、鋭いクワを持ち、渋い茶色のクワガタが大好きだったのだが、今、手にしているクワガタは気持ち悪い。
ややもすれば、
「わー!!!!!」
なんて叫びながら壁に投げつけたい気分なのである。
それから数ヶ月が経ち、友人と海に釣りに行くことになった。当時好きだったKさんも一緒だ。
誘われた時は、
「いっちょいいとこ見せっかなー、うへへ」
なんてな、よこしま考えもあった。前日には、ベッドの中で得意の妄想もした。
(以下、妄想)
餌のミミズをビッと針につける。釣り糸を海に豪快に投げる。魚が釣れ、それを上げる。魚の口に引っかかった針をビッと抜く。
「まぁ、ざっとこんなもんよ」
と言いながら、Kさんの方を振り向く。彼女は目がハート。
「惚れちゃいけないぜー」
と決め台詞である。
しかし、当日になってみるとどうだろう。最初でつまづいたのである。
餌のミミズを見た瞬間に、
「これは無理だ!!!」
と思った。餌の箱に入った大量のミミズ。触るところどころか、見ることすらままならない。
しかし、Kさんの手前、友達につけて貰うなんてなかっこ悪いことはできない。
僕はギュッと目をつぶり、叫びだしたい衝動を抑え、ミミズを針につけた。
しばらくすると魚が釣れた。巨大なホッケである。
糸を手繰り寄せ、魚を足元に置く。ホッケの口にかかった針を取るために、ホッケを手にした瞬間、
バタバタバタ!!!!
僕は思わず、
「ギャー!!!」
と叫んでしまった。
何度か針を取ろうと試みたのだが、そのたびに魚の野郎はバタバタと暴れやがる。僕は叫ぶ。魚は暴れる。僕、叫ぶ。魚、暴れる、僕、叫ぶ。
魚が生きている限り、この連鎖は繰り返されると思ったので、涙目の僕は友達に、
「と、とってくらはい」
とお願いした。
後ろを振り返り、Kさんに苦笑いで、
「こ、この魚、よく暴れるもんでよー」
というと、
「だっせー」
と言われたのは、書くまでもない話である。